「終の空」感想

哲学系エロゲーといわれるこのゲーム。 その哲学が本物かにせものかを見極めようと読んでみました。 結果。志は感じられます。語りたいことをちゃんと持っています。 こういうのはめずらしく、好感がもてるのですが、 客観的にエンターテンメントとして出来がいいかはむつかしいところです。

ストーリー

突然のクラスメイトの自殺。 それをきっかけにしてかしないでかすこしづつ狂ってくる日常。 ささやかれる終末の予感。 そんな感じのお話。

ストーリーは4人の視点から語られます。 哲学系の本を読みながらダラダラ過ごす行人。 剣道に青春を燃やし行人に恋心を寄せる琴美。 最初に自殺するざくろ。 そして事件の中心となる卓司。 彼等の視点からみたストーリーを順に読んでいくことになります。 実際には大した関係もない出来事が、ささいなことでつながって 大きなことに発展していくあたりがおもしろいといえるでしょう。

この作品の最大の特徴は、語りたいテーマがあからさまに出ていることです。 歴代の哲学者の言葉をふんだんに引用して その問いに対する2つの答えを対比させ、 読者に考えさせようとしています。 行人と卓司がその2つの思考を代表します。 問題はそれがエンターテインメントと折り合いをつけることができたかどうかです。

私の考えで言えば、主題とストーリーとキャラクターのバランスが とれているとは言えません。 まずストーリーが主題を語るためだけに存在してしまっています。 それだけにいいかげんになっている個所が多く、 「なんでここでこうなるの」という感じをそこらじゅうで受けるのです。 卓司信者があっというまに増えるのもおかしいですし、 ざくろが世界を救う戦士なのだと思いこんでいく過程もいまひとつ不自然です。 琴美の行人への恋心も描写がちゃんとしているとは到底いえません。 おかしい心の描写はそこそこですが、 それが面倒くさい言葉をともないすぎているため、 読者にいい印象を与えない可能性が高くなります。 エヴァンゲリオンというアニメもそういう傾向がありましたが、 あれは演出的なかっこよさで裏づけしつつ、 うさんくさい描写を「かっこよさげ」に思える範囲で 止めていたために成功したのです。 しかし、この作品には主題を語るために使われるうさんくさい、 あるいは面倒くさい言葉をエンターテインメントの一部とするだけの 裏づけがありません。主題が突出しすぎています。 語りたい主題がしっかりしていて、 そのために画面的な演出、あるいは小道具に凝ったまでは良かったのですが、 やはりキャラクターをいいかげんにしすぎた印象があります。 エロゲにするために無理矢理挿入されたエロシーンも印象を悪くしています。 エンターテインメントにするためにエロシーンを入れるというのは いまひとつおもしろくないのではないでしょうか。

さらに言えばその主題を語る手段がすこし安易です。 哲学者の言葉を引用するなんてのは、 ちょっとだけ、それもかっこよさげな言葉をはさむ程度が限度で、 まともにその内容を説明してしまうのはあまりに人を引かせます。 そういうのが好きな人ならたまらないでしょうが、 それにしても「考えろ」という命令をあからさまに発しすぎているのです。 味つけと思わせる程度にとどめておいて、終わった後に考えてみると、 その味つけが主題に感じられる。そんなさりげなさを目指せると完璧でしょう。 また、キャラの口を借りて言わせにくいことをいわせたり、 キャラの思考を一定方向にもっていくために安易に超越者(音無)を 設定してしまったのも いまひとつです。いきなり現れてなんだかよくわからないことを さも悟っているかのように語るキャラクターというのは 使い方を間違うと便利屋のような印象を与えてしまいます。

クトゥルー用語をまぜるのもどうでしょう。 必然性がありません。使う必要もないのに使っています。 知っている人は「安易」「パクリ」だと感じますし、 知らない人は気づかないでしょう。 別にこれで品質が下がっているわけでもありませんが、 ほとんど意味がないにもかかわらず人の作品から言葉をひっぱってくるのは 感心できません。

しかしながら、主題はしっかりしていることに変わりはなく、 それをわかる言葉でちゃんと説明してもいます。 世界というものをどういうふうに見るか。 世界が矛盾に満ちていることをどう受けとめるか。 生に意味をもとめる心の動きをいかにすべきか。 そういうことを精一杯語ろうとしています。 エンターテインメント的ではないにしても、 エンターテインメントの枠の中でなんとか訴えようとしたその心意気は 評価してもいいのではないでしょうか。

文章

普通です。セリフに引用が多いことは前に書きましたが、 それを除けばまあ普通です。 狂気描写、あるいは妄想の描写が表現として比較的良く、 なかなか引きこむ力があるのですが、 いかんせん心理描写がうまくないのでそれが生きてきません。 特にエロシーンへの移行に無理が見られます。 語りたいことを分散して目立ちすぎないように配置しつつ、 キャラの心理をよく考え、 読ませる文章を書けるようになるといいと思います。

また文字を視覚的に訴えるような形で配置することを試みているあたりも なかなかおもしろいです。しかし、ナレーションや心の言葉を セリフと別の場所に表示するのは視点をキョロキョロさせねばならず疲れます。 おとなしく全画面表示形式にして上から表示した方がよかったでしょう。

登場人物

普通です。語りたい主題を語るために存在しているキャラ。 思想とは関係なく事件にまきこまれるキャラ。 実に役割がはっきりしています。 主題重視であるがゆえにあまり心理描写や人格の描写はされず、 立っているとは到底いえません。 悪く言えばどこかで見たようなキャラです。 というかパクリではないかと思うようなキャラも若干います (瑠璃子さん…?)。

ルール

マクロメディアで作られているため、 激烈に重いです。しかし、ボタンを押せば重い処理は飛ぶので、 そうひどいことにはなっていません。 一回読んだら終わりなゲームなので致命的でもないでしょう。

また、シナリオ回想がないのが不親切ですし、文章を飛ばす速度も遅い上に、 読んだところも読んでないところも関係なく飛びます。 特に目につくのはそのへんですが、 それだけでなくありとあらゆるところが不親切です。 他人の作ったソフトをそのまま使って使っているのですから仕方ありませんが、 プログラムくらい勉強した方がいいんではないでしょうか。 スタッフの少なさからして同人ゲームと同じようなものでしょうから、 あまり多くを望むのも辛いでしょうが。

なお、最大の欠点は選択肢に意味がないことです。 完全に確認したわけではありませんが、 選択肢をどう選んでも話はほとんど変わらないでしょう。 エピローグが2つに分かれはしますが、 ひとつを読んだらもうひとつも設定画面で章選択で選べるようになるので、 ゲーム中の選択肢はどう選ぼうと関係ありません。 何回も意味のない選択肢によるささいな分岐を 探さねばならないようなゲームよりはましですが、 これなら選択肢などない方がよかったのではないかとすら思えます。 シナリオを読む順番も買えられず、完全に近い一方通行なのですから。 感情移入してえらぶような選択肢も、 考えて正しいのを選ぶような選択肢もないので、 ただの作業にすぎません。

キャラは普通の絵です。別になにもありません。 きたなくもなく、きれいでもない。目にとまりません。 ただ、シーンに合わない表情の絵が表示されることが頻繁にあるので、 ちゃんとシナリオと絵描きの間でよく相談して描いてほしかったとは思います。 一枚一枚がきれいなことよりもそちらの方が重要ではないでしょうか。

なお、たまに出てくるよくわからない物体は心理描写の手段として なかなかおもしろいと思います。 デザインがどうかはわかりませんが、表情以外の絵でも心理描写 をするというのは目のつけどころがいいのではないでしょうか。

単体で聞いていい曲というのはないと思いますが、 BGMとしてはかなり優秀です。 なんだかわからない曲になんだかわからないシーンが重なって、 けっこういい感じになっています。 効果音も効果的にイヤでいい感じです。

総合

濃いゲームです。志は高く、訴えたいことを明確にもっています。 視覚的、言語的なセンスも悪くありません。 ただ、すこしいろいろな技術が足りなかっただけです。 その結果、人を選びすぎる危険がぬぐえず完成度に難があります。 しかし、special thanksに大学のサークルらしきものがあり、 かつメインのメンバーが2、3人しかいないところを見ると、 これもかなりがんばっているのではないかとも思えます。 いずれ技術やノウハウを見につければ、 訴えたい主題とエンターテインメント性のバランスがとれたものを 発表できる時が来るかもしれません。 また、もしそうならなくても、 訴えたいことを持ちつづけられれば固定ファンを作っていけるでしょう。


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